現代文化論叢

現代文化への「解釈」を探究する

2019秋アニメ総評

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2019年秋クールのアニメは、不作の感が否めない。

俺を好きなのはお前だけかよは、典型的なラブコメラノベを逆手に取ったような構造になっており、前半は「よくあるラノベ」をズラしていく面白さがあった一方、後半は、むしろその「よくあるラノベ」的なラブコメに頽落した感が否めない。また、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」的な、不可解な人間関係への聡さのようなものが取り上げられたわけだが、「そもそも人間関係って、そんなに頭を使って営まれるものか」との冷めた感じは拭えない。

PSYCHO-PASS サイコパス3」は、1期がシビュラシステムをめぐる哲学的問題を含蓄に富んだ形で表現したのに対して、若干問題が矮小化されている感が否めず、その点がつまらないが、現代社会の問題を社会風刺的に描こうという試み自体は評価されるべきだろう。問題は、これ以後の続編で、いかにしてシビュラシステムへ批判的な視線を向けることができるかだろう。シビュラシステムを批判することは容易ではない。「ただなんとなく悪い」や「人間らしさが損なわれる」といった紋切り型でない、新たな〈思索〉に期待したい。

「慎重勇者~この勇者が俺TUEEEくせに慎重すぎる~」は、強いはずの勇者が異常なほど慎重であるという点が面白みのはずだが、むしろそこには病的な要素すら感じられて笑えない。言い方を変えれば、慎重さが、ある種の発達障害のようなものを彷彿とさせて、笑うどころではない。

ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworldは、人気シリーズの4期だが、1期・2期と比べると中だるみの感が否めない。ゲーム世界を現実との関わりにおいて描くことに定評のある同シリーズにありながら、ゲーム内世界のことばかりを描いているような傾向があり、どうにもメリハリがつかないのである。一方、主人公をある種の失意の状態のまま、作品を展開させた勇気は評価せらるべき点であろう。

「超人高校生たちは異世界でも余裕で生き抜くようです!」は、典型的な異世界モノであり、建国系であるが、「政治」に対して向ける視線の甘さは否めない。

「Dr. STONE」は、ポスト・アポカリプスにおいて生き残った〈旧人類〉が、科学の力でその地位を取り戻すという、それだけ聞けば詰まらなそうな筋を見事に描き切っている。筋の運び方にも難がなく、それでいて過去の回想を織り混ぜるのも巧みだ。原作漫画は未読だが、作者の巧みさがアニメからでも分かる。〈革命〉がありえない現代社会において、〈共産主義〉に対するところの〈原始共産制〉を、それでもなお〈科学〉が魅力的であることを、その筋をもってして明らかにし、批判している。続編も期待させる一本。

放課後さいころ倶楽部は、友達の少ない主人公が、ボードゲームを介して友情を温めていくというストーリーだが、ゲーム的リアリズムをこれといった工夫も無しに再現するばかりの陳腐な異世界モノがありふれる中にあって、「ボードゲーム」という題材は、前時代的でありつつ、人間同士の暖かな友情を描くのには適していたと言えるだろう。

ぼくたちは勉強ができない!」(第2期)は、言わば「俺を好きなのはお前だけかよ」が批判したような典型的なラノベでありながら、そこに勉強(苦手科目)を反映させることで、まんが・アニメ的リアリズムにあるような、ある種の「表象」に成功している。また、親との関係などを丹念に描き切った点は、単なるラブコメとあなどることができない含蓄を感じる。

本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられませんは、異世界系でありながら、その異世界を「本が好き」という一点において切り取った点で面白みがある。また、異世界の制度的な点においても、設定の巧みさがよく生かされている。

「私、能力は平均値でって言ったよね!」は、異世界系でありながら、コメディとして完成されており、むしろ異世界系としての面白みには欠ける。