現代文化論叢

現代文化への「解釈」を探究する

2020-08-01から1ヶ月間の記事一覧

review13:村田沙耶香『ハコブネ』

村田沙耶香の作品を初めから順番に読むというのをやっていると、彼女のアイデアがいかに展開していっているかが分かる。 『マウス』にせよ『ギンイロノウタ』にせよ、彼女は少し変わった性的指向を描いてきた。それは既存の女性性を拡張するような側面がある…

review12:宮下奈都『羊と鋼の森』

文体の特徴を記述するのに、もしかすると計量的な分析が有効なのかもしれないが、しかし小説を読んだときの「印象」というのは、畢竟、「印象批評」によってしか不可能なのではないかという気がする。 そういうわけで、宮下奈都の『羊と鋼の森』という小説の…

review11:津村記久子「浮遊霊ブラジル」

表題作だけあって、文春文庫から出ている津村記久子『浮遊霊ブラジル』で、最も面白いと感じた作品は、「浮遊霊ブラジル」だった。 そもそも主人公が「浮遊霊」という設定自体がかなりぶっ飛んでいるし、それを描き切ってしまうのは、津村記久子本人の哲学や…

review10:津村記久子「個性」

「個性」というのは何だろうか。 というのがこの作品のテーマだとしたら、いまひとつという感想を抱かないではない。 乱視のような状況の秋吉には、坂東が見えないという。それは「無個性」だから見えないのか。しかし一方で「私」は、坂東が「無個性」であ…

review09:津村記久子「運命」

津村記久子を初めて知ったのは、「行列」という短編だった。 modernculturecritiques.hatenablog.com それで言うと、この「行列」という短編と、「運命」という短編はよく似ている。というのも、津村記久子は時として、日常のありふれた行動に抽象性を見出し…

review08:津村記久子「地獄」

僕は幼い時から物語を消費して生きてきたので、それが普通だとばかり思いこんでいたのだが、そうではないらしいということに最近気づいた。 というのも、どっしり疲れて、メンタルも荒んでいる時期に、僕はめっきり物語の類がダメになってしまって、まず小説…

review07:津村記久子「アイトール・ベラスコの新しい妻」

この小説は、いくつかの掌編と呼ぶべきような物語が重なり合って、1つの物語を描いている。 「いじめ」が社会問題となり、許されざる大罪の1つに数え上げられて日が経つが、だからこそ、いじめられっ子は慈しむべき被害者として、いじめっ子は懲らしめるべ…

review06:津村記久子「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」

国木田独歩に「忘れえぬ人々」という短編がある。宿屋で会ったある人が、世の中には一度会っただけなのにどうしてか忘れられない人がいるという話である。 国木田独歩の特筆すべき点は、作中に二項対立を自ら提起しながら、それを自分で破壊して──好意的に言…

review05:津村記久子「給水塔と亀」

『村上春樹は、むずかしい』という本があるが、僕からすれば、よほど津村記久子の方が難しい。 津村記久子の小説には、いつも救いの光明が見えるような雰囲気がある。しかし、それが本当に「救い」と呼んで良い種のものなのか、怪しいものである。 この「給…

浦沢直樹『20世紀少年』と映画『シン・ゴジラ』:戦後とは何か

浦沢直樹『20世紀少年』を読んだ。足掛け3か月ほどだったろうか。僕の中で漫画に費やす金額が大きくないので、古本で、毎月数冊ずつ集めたのである。 そして先ほど『21世紀少年』の上下巻を読んで、僕は初めてこの物語に触れることができた。お恥ずかしなが…

review04:小川洋子「夕暮れの給食室と雨のプール」

文学とは、その作品全てを通して、何かを定義しようとするものだという話を聞いたことがある。今となっては、それが誰から聞いた話なのか、あるいはどこかで読んだ話なのか、それすら思い出せない。 それが正しいとするならば、この短編は、その全てを通して…

review03:小川洋子「ドミトリイ」

僕はこの小説を文春文庫の『妊娠カレンダー』に所収されている形で読んだ。表題作の「妊娠カレンダー」を読んだのは昨日のことである。そちらのレビューもある。 modernculturecritiques.hatenablog.com 失敗だったと思ったのは、全部を通読してから前のレビ…

review02:小川洋子「妊娠カレンダー」

小川洋子の「妊娠カレンダー」には、どこか懐かしさを覚える陰鬱な雰囲気がある。例えるなら、梅雨時のジメジメと、そしてねっとりしたあの空気感のような、あるいは何らかの分泌物のような雰囲気である。 この作品には先行論がある。高根沢紀子「小川洋子「…