ジャニヲタ研究大事典14:目録
ジャニヲタ研究大事典13:「不仲説」
最初に述べたように、ジャニーズとは一種の文学である。
というのも、「Aである」とタレントが発言したとき、それが本当か嘘かを判断する根拠をジャニヲタたちは持ちえない。つまり、全くそのとおりであると信じるか、嘘に違いないと考えるかの二択を迫られる。
その中で出てくるのが不仲説である。
グループを結成したタレントたちは、アイドル雑誌などではグループ全員仲が良いというふうにアピールするわけだが、そもそも上層部の意向で強制的に結成させられたグループ全員が突然仲良しになるはずもなく、不仲であることもあるだろうと推察される。
与えられる情報が少ないジャニヲタたちは、動画や映像、コンサートやライブなどでの距離感や接し方から不仲説を唱えたりする。
一方、それだけの情報に加えて、プラベ(プライベート)での情報を得ようとする動きも、情報垢などではある。つまり、アイドルとして活動していない時間帯に、どのように振る舞っているのか、どのように発言しているのかを知ろうとするのである。
プラべにおいて、推しは果たして「出来た」人間なのか、それともそうではないのか。こうした情報もやりとりされ、特にジャニーズJr.の場合、よくできたジュニアという意味でデキジュ、そうではないジュニアはカスジュという呼称が用いられる。
こうした中で、当然「私生活はカスジュだが、アイドルとしてはデキジュ」というようなことがありえ、「アイドルとしてしっかりしてくれていればいい」といったような考え方の者がいる一方、私生活でのことが後のデビューに関わらないか心配するジャニヲタもいる。
また、カスジュとしてのエピ(エピソード)のことを、カスエピといい、そうしたエピを好んで集めるヲタクも存在する。
しかし、そうしたプラべの情報を信じようとせず、雑誌などで語った発言を全て鵜呑みにするヲタクも存在する。こうしたヲタクは、ヲタクのなかでお花畑や純オタと揶揄される。
お花畑のジャニヲタは、タレントのキャラをそのまま信じようとする。そのキャラづくりに重要なのが、尊先である。これは「尊敬する先輩」の略であり、尊先が誰かによって、そのタレントのキャラが定まってくる。それは尊先のキャラと、タレント本人のキャラが重なってくると想定されるためである。
ジャニヲタ研究大事典12:「糧」「列」
糧とは、おそらく「カテゴリー」の略であり、ジャニーズについての情報がやり取りされる掲示板のことを指す。
とは言うものの、こうした掲示板にはパスワードが設定されており、入るためには何らかの方法でパスワードを知らなくてはならない。
パスワードは取引で手に入れられることもあるし、友人から聞くという場合もあるだろう。
このような糧では、情報垢のように情報がやりとりされることもあれば、タレントに対する批評が行われることもある。
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列とは、ライブ・舞台などの際に、その終演後、出てきたタレントを待つための出待ちの列を指し、宝塚のようなものを想定すれば良いだろう。
その際、その列を形成させるのが仕切りであり、大抵の場合年長の者が務める。
ここにおける仕切りの役割としては、推しのタレントごとに列を形成させること、その秩序を守ること、該当のライブ・舞台のチケを持っていない者を列に並ばせないようにすることである(これについては例外もある)。
列でタレントが出てくると、ヲタクからプレゼントなどを貰い、その上で一言話すのが常である。アイドル活動に対する姿勢などが、そうしたところから判明するわけだが、管見の限り、列で発した言葉がネットでレポとして掲載されたりするようなことはほとんど無い。
仕切りの役割は、列に関することだけではなく、その後帰路につくタレントを守ることにもある。タレントをストーキングする者のことをヤラカシと呼び、そうしたヤラカシを排除することも仕切りの仕事なのである。
ヤラカシの中には、タレントに直接話しかける者もおり、その動画がネットに転載することもある他、タレントの高校の文化祭に行ったヲタクが、推しのロッカーを見つけむりやり開けようとした様子がInstagramのストーリーに投稿され、炎上したこともある。
ジャニヲタ研究大事典11:「取引」
取引とは、ジャニヲタ内において、コンサート・ライブのチケ(チケット)などを売買することを言う。簡単に言えば、転売である。転売を購入することを、積むと表現する。
もちろん、基本的にジャニーズ事務所は転売を認めていないのだが、多くのライブ/コンサートでは、その動員数が多すぎることもあり、本確(本人確認)は行われないのが常である。ここ最近、本確を行い転売を認めない動きもあるが、そういう場合でも、開演直前になると確認がなおざりになることが多い。
こうした点について、高橋洋一は、需要と供給が一致する均衡価格よりも、実売価格が安いために起きている現象だとして、経済学的には問題ないとしている*1。
また、取引のなかで想定される価格を相場といい、取引の際には「相場の事情は把握している」という意味で、相場理解という言葉が使われる。
価格の取引の場合には、「1.0」や「5.0」などと言った数字が用いられるが、これは一の位が「万円」を示しており、前者は「1万円」、後者は「5万円」を指す。
人気のコンサートでは、「10.0」を超える高値で取引される一方、人気のないグループのライブでは、直前期には「0.5」などで取引されることもある。
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そのように、ジャニヲタはコンサート・ライブでまま規則を破ることが少なくない。
例えば、闇写とは、ライブ・コンサートの様子を盗撮した画像のことである。
もちろんこうした行為は禁止されており、それがスタッフに見つかった場合、別室に呼び出され、画像(動画)は消去、名前などを書かされることもある。このことをブラリ(ブラックリスト)に入ると言うが、それによってただちに次回以降チケットが当たらなくなるというようなことはない。
一方、闇写ではなく、タレントの私生活の様子を撮ったものはプラ画/プラ写と呼ばれ、場合によっては値段をつけて流通することもある。
そうしたプライベートの状態のことを、特に髪型に注目し、コテなどを当てていないサラサラのストレートであることからサラストと呼ぶこともある。もちろん、仕事の一環であったとしても、セットしていない場合にはサラストと呼ばれ、一定の需要がある。
ジャニヲタ研究大事典10:「情報垢」
情報垢とは、ジャニーズの情報を収集するためのアカウントである。
というのも、このシリーズの最初で述べたように、ジャニーズは一種の文学であり、アイドルがアイドルとして発した言葉の全てを信じるか、あるいはその全てを信じないかの二択しかない。
ヲタクには、その情報がどこまで信用できて、どこから信用できないのか、普通それを判断できないのである。
そこで、ヲタクたちは、アイドルの実際を知るために、情報を集めようとする。
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そこで扱われる情報は、タレントに関するもの全てであると言っていい。もちろん、住所のようなものから、よく使っているリップクリームのようなものまで、様々である。
こうしたアカウントの大きな特徴として、検索避けがある。タレントの名前を検索した際に、情報垢がバレるのは良くない。
基本的には、そうした情報は交換で流通する。手持ちの情報と、相手の情報を交換するのである。つまり、情報垢を始めるためには、その元手となる情報が必要なのである。
しかし、多くの場合は、そうした最初の情報を持たない。そういう場合には、何らかの方法で情報を得る必要がある。
その方法を、3つ紹介する。
第一に、無償や企画と呼ばれる方法である。それぞれ検索避けでは「無亻賞」「🌳✍️」と表記される。
これは、既存の情報垢が、需要の無くなった情報をバラ撒き(🌹)と称して多くの人に渡すのである。なぜそんなことをするのか、情報を撒く人にとってのメリットは何かというと、協力者が得られることである。
第二に、買取と呼ばれる方法である。これは、情報垢が何らかの情報を金銭と引き換えに与えることである。この多くは実際には詐欺であるが、事情が事情だけに警察に訴えられないか、訴えたとしても事件にできる見込みはない。
第三に、繋がりという方法である。繋がりは検索避けでは「🤝」と表記される。
ジャニーズのタレントや、テレビ局などの関係者との個人的な人脈をつくり、その人物からの情報や、その人物とのお繋げ(関係を仲介すること)を引き換えに、情報垢を始めるのである。
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当然ながら、そうした情報垢でやり取りされる情報の全てが正しいとは限らない。むしろ、間違っているものがほとんどだと言えるだろう。そうした嘘のことを、特に虚言と呼ぶ。あるいはタレントとの繋がりがあるかのように匂わせることを自演と言う。
一方、意図的に誤った情報を拡散し、あるタレントやグループを貶めようとすることを落とし込みと呼ぶ。
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こうした情報垢の最終目標は何か、と言えば、それは自分の推しとの繋がりを持つことであると言っていい。この場合、推しはお目当て(検索避けでは「お👁あ✋」)と呼ばれる。
また、そうでなくとも、関係者・タレントとの繋がりから、ライブなどのチケットを融通してもらえることがある。このような場合、これを伝手によるチケットという意味でコネチケと呼ぶ。
一方で、そうした関係を持つことはプロ意識が欠如していると言わざるをえない。しかし、ジャニーズのタレントの多数がヲタクと繋がりを持っていることは、ほとんど周知の事実と言っていい。
なお、ここで紹介した検索避けは、あくまで一例である。検索避けはパターン化しているとは言え、その特性上、明確に一つに定まるものではないことをご理解いただきたい。
ジャニヲタ研究大事典09:「同担拒否」
私が、この先のジャニヲタ研究において、重要になると考える考え方が、この同担拒否である。
これは、端的に言えば、自分と同じ推しを推しているヲタクにたいして、強い拒否感を抱く発想を言う。
なぜこれが重要であるかというと、ヲタク文化における「推す」という概念が、「愛好する」ということの言い換えとして捉えられてきたからである。あるいは、その「愛好する」が高じて、「愛する」になるのだと解釈されてきたからである。
しかし、実際は違う。ヲタクたちは、確かにアイドルに対して、恋愛感情を抱いているのである。
このように、実際に恋愛感情を抱いてしまうことを「リアルな恋」を略してリアコや、リア恋と呼ぶ。
また、一時期流行った「#彼氏とデートなうに使っていいよ」のように、現実に恋愛しているような感覚を抱かせる場合、その感覚をリアコ感と呼んだりする。
一方で、これと対立するように見えて、実際には両立する概念にDDがある。これは「誰でも大好き」の頭文字を取ったもので、むやみやたらとたくさんの推しがいる場合に、蔑称のように用いられることが多い。
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このように考えると、同担拒否のヲタクはDDではありえないように思われる。つまり、同担拒否をするようなリア恋をしているのであれば、他の推しはいない=単推しだろうと思うわけだが、実際には違う。
同担拒否のヲタクの中に単推しが多いことは事実だが、複推しの場合もある。すなわち、リア恋でありながら、その対象が複数いる場合も往々にしてある。
こうした構図を説明することができなければ、おそらくジャニヲタ研究ができたとは言えないだろう。
タイドラマ徒然02:「My Dear Loser :Edge of 17」を徹底的に考察する
ちょっと色々あって、タイBLに片足つっこんだわけですが、日本語字幕が付けられていて、かつYouTubeにアップされているBLドラマは粗方見尽くし(2倍速で見るので、2日あれば十分1シリーズ見終わってしまうのです)、なんなら英語字幕しか無く、名作とされているものも見てしまいました。
さて、その中で噂を聞きつけたのが、Pluemという俳優と、Chimonという俳優のカップリング、通称「PlueMon」です。このカップル、GMM TVがBLに乗り出した初期のカップルなのですが、そのカップルが初登場したのが、「My Dear Loser :Edge of 17」というドラマでした。それもメインではなく、サブカプだったのです。
この「My Dear Loser」ですが、GMMは同じ年に、このタイトルを冠すドラマを3本制作しており、その3本ともが連関しているという仕掛けになっています。
僕は英語字幕しかついていないこの動画に日本語字幕をつけるついでに、通して見てみました。そうすると分かったんですが、これが結構よくできているんです。
ということで、その魅力を徹底的に解説したいと思います。
ちなみに、僕がつけた日本語字幕は2020年5月末時点で承認されていませんので(つけてまで少ししか経っていませんし、かなり前の動画ですので)、今見ようと思っても、英語字幕で見るか、タイ語で頑張るかしかありません。
タイトルをどう訳すか
僕が字幕をつけてみて思ったのは、結構大変だなということでした。僕はタイ語が分からないので、英語を経由した重訳になるのですが、その結果、英語と日本語の違い、例えば人称の豊富さや語順(SVOかSOV)が大変でした。詳しい苦労は、もし字幕が承認されたらご説明する機会もあろうと思います。
さて、ではまずこの「My Dear Loser :Edge of 17」をどう訳すか、考えてみましょう。もちろんタイトルなのだから、そのままで良いのですが、作品全体の方向性を考える上でもタイトルをどう解釈するかは重要な問題のはずです。
僕は実はこのタイトルの和訳を、字幕をつけはじめた頃から決めていました。
「私の愛する負け犬へ :17歳の曲がり角」という具合です。
僕は字幕の中で度々出てくる「loser」という単語を、一貫して「負け犬」と訳しました。その結果あちこち支障も無かったわけではないのですが、一応の信念と言いましょうか。
重要なのは、この「loser負け犬」が愛されているということなのです。そのことが作品全体に与える示唆は大きい。
そして「17歳の曲がり角」というところ。作中で明かされますが、この作品の主人公Oh(Nanon)は、17歳になるまで、かつては仲の良かった友達Copper(Plustor)にいじめられている。それが、この17歳をきっかけに、大きく変わることになるのです。
Ohはなぜ「負け犬」なのか
一応日本社会でも、いじめというのが社会問題になっていて、「いじめられている方には全く落ち度はない」というのが常識になっていると思います。もしそれに反することを言えば「お前はいじめっ子の味方をするのか」と非難されてしまうでしょう。
しかし、少なくともこの作品のOhに関しては、彼が「負け犬」である理由があると思うのです。
というのも、前半に相次いで繰り返されているモチーフがあります。それはOhが嘘をつくというモチーフです。
特に母親に対して、例えば学校でいじめられていないと嘘をついたりする。こういう風に、Ohの人物造形にとって、「彼がついつい嘘をついてしまう人だ」ということが重要な要素になります。それは「卑屈である」という風にも置き換えられる。
このことにはOhも気づいていて、「全部僕が卑屈だったのが原因なんだ」と言ったりするわけですが、事実物語の最後の一波乱も、このOhが意中の人Peach(Jane)についていた嘘がきっかけなのです。
つまり、この物語は当然、高校生たちのビルドゥングスロマン(教養小説:成長を描いた物語)として読み解くことができるけれども、それはOhにおいては端的に嘘をつかなくなることとして現れているのです。
なぜCopperはいじめるのか
さて、いじめという社会問題についての社会の感覚から言えば、「いじめっ子の事情など配慮しなくても良い」といった感じでしょうか。今でもいじめで誰かが自殺すれば、いじめっ子の個人情報がネットで晒されたりします。
でも、実際にはそうはいかない。いじめっ子側の事情も配慮しなければ、少なくともいじめを減らすことはできないでしょう。
ということで、Copperについて考えると、実は彼には決定的に何かが欠如していると言えるでしょう。
単純に、俗っぽい言い方をすれば「叱ってくれる人がいなかった」というような、上流階級特有のよくある理由も言えるでしょう。
もう少し言えば、「彼は年齢相当まで成長できていなかった」ということだと思うのです。
普通、人間は様々な発達課題をクリアし、どんどん年齢を重ねていく。例えば人生のかなり初期の段階で、自己中心性からの脱却というのがあるはずです。つまり、幼稚園児ぐらいであれば、物事を自己中心的に見てしまうかもしれない。でも、小学生になると少しずつ周りの人の気持ちも分かってくる。
でもCopperは、そこが決定的に欠如している。他人の気持ちを推し量ることができないのです。だから、彼が他人と関係を結ぶ方法も適当。
かつてOhと友人であったときには、自分のおもちゃを「下賜」していたわけだし、学校での友達もそうでしょう。付き合っているPeachとの関係もそうです。例えば、おじの校長とCopperとPeachで食事をしたとき、CopperはPeachにサラダを注文してやります。
しかしPeachからすれば、せっかくの食事会。Copperのおじはステーキを、Copperはサーモンを頼んでいる中、自分はサラダ。納得できるでしょうか?
でもCopperは「太らないから」といってサラダを頼んでしまう。そういう他人の気持ちが分からないところがある。
だから、最後にPeachの気持ちが離れていったとき、彼がバレンタインのために豪華に教室を飾り付け、その気持ちを取り戻そうとします。彼は、それで気持ちが戻ってくると本気で思っているのです。そういうところに、彼の「成長できなかった」という哀れさを見てとることができます。
InはなぜSunにAinamとの仲介を頼んだのか
GMM TVのBLカップルは、今でこそたくさんあって、そのどれも素敵だと思います(全てを見たわけではありませんが)。
しかし、その中であえてクズキャラを挙げるとしたら、間違いなくIn(Pluem)でしょう。
Inは元々Copperのギャングの一員だったわけですが、同じギャングの一員のTaeとの諍いでそちらを抜け、OhやSun(Chimon)やAinam(Puimek)と仲良くするようになります。中でも、Sunとは、Sunが家にいづらくなったこともあって、同居するようにさえなるのです。
そんな中、どうしてInがクズだと言えるかというと、彼が明らかにSunから向けられる好意に気づいていながら、Ainamとの関係の仲介をSunに頼んだからです。
そう、物語の表層をたどれば、Inは他人の気持ちを踏みにじったことになり、クズかもしれません。事実、後日談にあたる「Our Skyy」では、一旦まとまったはずのInとSunが、別の女性を機に一度別れ、Inはその女性と付き合い、別れたという顛末が語られます。
これほどまでに浮気性なBLカップルが未だかつていたでしょうか。
でも、そのInの浮気性も仕方ないところがあると思います。
というのも、Inはそれまで、ギャングというホモソーシャルな関係の中にいたわけです。ホモソーシャルな関係というのは、ホモフォビア(同性愛嫌悪)とミソジニー(女性嫌悪)という2つのルールを基礎に置いて成立するものです。
ですから、ゲイとしてのSunを受け止められない。ましてや自分がその好意に応えることもできない。ですから、Ainamに「Sunのことはどう思ってるの?」と尋ねられてInから出てきた言葉は「でも俺はゲイじゃない」だった。
Ainamは「人を好きになるのにゲイとかレズとかは関係ない」と諭しますが、Inは合点がいかない様子です。それもそう。Inはそれまで長くホモソーシャルな関係の中でしか生きてこなかったのですから、急に「LGBTだってありだよね」とか言われても、それまでのホモフォビアという信念が簡単に揺らぐわけがありません。
そう考えてみれば、InがAinamのことを好きになったのも頷けます。
第一に、Ainamは友人だったはずですが、Inの中には「女友達」という概念が存在しない。なぜなら、彼はホモソーシャルな関係しか知らないのであり、女性はそこから排除されているからです。ですから、仮に女性に好感を持ったとすれば(それが例え友情のようなものだったとしても)、それは自動的に生殖相手に向けられる好意だと解釈するしかなくなるのです。
ですから、Ainamに「どうして私が好きなの?」と聞かれたときに、「タイプだから」、果ては「よく分からない」と答えてしまうのです。
第二に、それがInにとって、Sunとの関係を維持する手段だったからです。これは「なぜInはSunにAinamとの仲介を頼んだのか」という疑問の根幹に触れる部分です。
イヴ・K・セジウィックが『男同士の絆』の中で書いたことには、ジラールが「欲望の三角形」が深く関わっていると思いますが、根本的にホモソーシャルな関係というのは、その中で「女」を流通させることによって成立する。
ですから、男同士の関係性のなかで「あいつがあの女が好きなのならば、俺もあの女が好きなはずだ」と欲望を模倣し、「お前にこの女を譲ってやるから、男同士仲良くやろう」と「女」を媒介にした関係を成立させる。
本題に戻ると、Inが知っているのは、そういう世界だったということです。
Inは、明らかにSunから向けられる好意に気づいていたでしょう。InとSunが同じベッドに寝ているときに、Sunは良いムードを感じとって、顔を近づけます。このままいけばキスしそうな雰囲気です。
そのときに、Inは「俺はAinamが好きなんだ」と告げる。
それは、目の前に迫りつつある同性愛=男同士の友情を崩壊させる危機を排除し、かつての友人関係を取り戻そうとしたのに違いありません。
言い換えれば、Inは脳内で「こいつと恋愛関係になると、俺はゲイになってしまう。Ainamを媒介にすれば、男同士の友情を取り戻せるのではないか」と無意識のうちに考えたのではないかということです。
Ainamからすればはた迷惑この上ない話ですが、Inに同情せざるをえません。彼はそれしかやり方を知らなかったのです。
Ohはなぜ「17歳の曲がり角」を曲がれたのか
最初に述べたとおり、僕は「Edge of 17」を「17歳の曲がり角」と訳すべきだと思っています。
そこで、ではなぜOhが「17歳の曲がり角」を曲がることができたのかを考えてみましょう。
その要素は3つあると言って良いでしょう。
1つ目は、彼にも友人ができたこと。クラブという居場所ができ、ルービックキューブという得意技ができ、トランポリンができたこと。やはり思春期から青年期にかけての重要な問題はアイデンティティが確立できるかどうかというところにありますから、居場所ができるということの重要さは指摘してもしすぎるということはないはずです。
2つ目は、Pong(Lee)のようなギャングと関係を持てたこと。作中では「暴走族」と呼ばれることもあるグループです。もちろんCopperのようなホモソーシャルな色合いの強いギャングであることは間違いないのですが、そこにOhが居場所を持てたということは、やはり重要なことだろうと思います。
言ってみれば、彼を「男にした」わけです。そのやり方が荒療治だった感はありますが、Ohの持つ底力のようなものを引き出した点は肯定的に評価されるべきです。おそらく、OhはスタートからしてPongたちに嘘をついていなかった。
そもそもが「母に出席停止のことを隠したい」という事情でPongたちのところに転がり込んできたわけですから、彼らには嘘をつく必要も無かった。そのことが良い結果を招いたのでしょう。
3つ目は、Peachの存在です。Peachもそれはそれで結構難有りの子なのですが、この2人がお互いを成長させていく。Peachに恥じない男になりたいと頑張るOhに、Ohに純粋に自分を認めてもらうことのできたPeach。この2人の相性が、存外に良かったということでしょう。
まとめ
ということで、短めのシリーズだったこともありますが、結構サクサク見られて面白かった印象です。何より、登場人物の描かれ方がしっかりしている。そういう点で、早く僕の字幕を承認していただいて、1人でも多くの日本人に見てほしいと思うのですが、しばらくは難しそうです。